グスク聖域に築かれた建造物(下)

首里城火災で長いこと話がそれていましたが、本筋に戻ります。

「グスク聖域に築かれた建造物(上)」では、
イベ石を取り込んだ平場は、元来の聖域の中に造成されている
ことをお話しました。
(これより前の話をおさらいしたい方は、「新説!グスク支配者聖域君臨説」へどうぞ。)

問題は、わざわざ聖域内の地形を平らにならしてまで、そこに何を造ったかです。

実は、多くの場合、そこには建造物が築かれているのです。
イメージ図化すると、下のようになります。


グスク聖域に築かれた建造物(下)


イベ石の隣に建造物

これまで誰も気付きませんでしたが、この事実は非常に重いです。
イベ石は、すなわち神です。
グスクは、神様のすぐお隣にマイホームを建てるようなことをしているのです。
現代においてさえ、神社の本殿のすぐ隣に自宅を建てることができる人はいないですよね。
そう考えると、グスクの構造がいかに特異であるか理解できると思います。

そもそも「グスクは城・集落だ!いや聖域だ!」と意見が対立したのは、すべての研究者が聖域に人が住むはずはないという信仰的常識を前提にしていたからなのです。


では、グスク聖域に建物を建てた人物は、どのような身分の人たちだったのでしょうか?
さすがに一般民衆にはできなさそうですよね。

実は、それを伝える文献が残っているのです。
次回はそのお話をします。



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